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東京家庭裁判所八王子支部 昭和59年(家)3518号 審判

申立人 市原文治

相手方 市原正義

主文

相手方を申立人の推定相続人から廃除する。

理由

第1申立の要旨

(1)  相手方は、申立人の長男で、遺留分を有する推定相続人である。

(2)  相手方は、昭和37年頃から申立人の土地の一部に店舗をかまえて食料品店を経営していたが、その頃から、○○○農業協同組合から申立人を連帯保証人として借金をするようになった。右借金について、当初は、申立人が代って返済していたが、相手方が借金をあまり繰り返すので、ついには、申立人が代って返済するのを拒絶したところ、昭和50年頃には、その債務額は4000万円にも達していた。相手方は、右債務について、申立人から、長男であることを理由として贈与をうけていた土地を○○○農業協同組合に対し代物弁済として提供したが、完済に至らなかった。それで、申立人はやむをえず、自己所有の土地3筆を売却して、その代金で相手方に代って完済してやった。ところで、右債務は、営業上の資金として借り入れたものはわずかであって、その大部分は遊興費に費消したものである。

(3)  同じ頃、相手方は、○○○信用金庫からも借金をしていたが、この債務額196万円についても申立人が代って返済した。

(4)  昭和49年頃、相手方は上記食料品店を拡張したいといい出した。しかし、申立人は、相手方が多額の借金をかかえているのに、さらに借金をして店舗を広げることに反対した。また、当時、相手方は、他に女性をつくり、当時の妻、裕子と離婚したいといっていたが、申立人はこれにも賛成しなかった。相手方は、上記のように、申立人が反対したことに腹をたて、昭和49年2月頃、申立人の自宅で、申立人に対し、お湯の入った魔法瓶や醤油の瓶を投げつけた。そのために障子のガラスが割れ、家の中はめちゃくちゃになった。その頃の夜、相手方は、申立人の自宅の玄関に石油をまき、これに火をつけるといって申立人夫婦を脅迫したため、申立人は隣りに住む次男の家へ避難した。このような、相手方の暴行や脅迫におびえた申立人は、自宅に非常ベルを設置し、事が起きたときは次男に通報できるようにした。この頃、相手方は、自動車で車ごと申立人の家に突っ込んでやると暴言を吐いたりしたので、申立人夫婦は恐しくなって、○○の○○旅館に逗留してしばらくの間避難した。

(5)  相手方は、多額の借金を残したまま昭和50年に家を飛び出して○○県に移住したため、申立人と次男において相手方が残していった借金の返済をした。さらに、相手方は、○○県に移住したのちにも、○○市の市民税1,377,600円、国税7,453,212円と554,500円を滞納したままこれを納付しなかったために、申立人がこれらをすべて立て替えて納付した。この立替金については、今日まで全く返済していない。

(6)  相手方は、申立人所有の土地を自己のものにしようと企て、昭和59年5月15日、氏名不詳の者を申立人であると称して○○○市役所に赴き、申立人の印鑑登録をした登録印を紛失したとして改印の虚偽の申請をし、偽造の印鑑を申立人の実印として登録したうえ、印鑑登録証明書6通の交付をうけ、右印鑑登録証明書を用いて申立人所有の不動産につき、同年5月16日付をもって、所有権移転請求権仮登記を得た。申立入は、○○○市役所からの改印の通知によって上記の事実を知り、ただちに、上記所有権移転請求権の処分禁止の仮処分命令を得て、仮登記上の地位が第三者に移転するのを防止したが、申立人は、この件につき、○○○警察署に相手方を告訴するとともに、仮登記の抹消を求める訴えを○○地方裁判所○○支部に提起し、右訴えは、1審、2審、3審とも申立人勝訴をもって昭和62年7月17日確定した。

以上の相手方の(2)、(3)、(5)、(6)の各事実は、民法892条にいう「著しい非行」に、(4)は「被相続人たる申立人に対する虐待」にそれぞれ該当する。それで、申立人は相手方を申立人の推定相続人から廃除するように求める。

第2当裁判所の判断

1  本件記録によると、次のような事実が認められる。

(1)  申立の要旨(1)の事実。

(2)  相手方は申立人と一緒に生活していた昭和37年頃から、自宅で作った野菜を自宅で売るようになり、川井裕子と結婚後の昭和40年頃には、車庫の一部を改造して店舗を作り、そこで、自宅で作った野菜のほかに、食料品、雑貨、灯油なども販売するようになったが、右店舗の経営資金などとして、○○○農業協同組合から申立人を連帯保証人として借金をしていた。しかし、右事業は昭和48年頃から経営不振に陥り、昭和50年には倒産し、同年10月相手方は従来の借財を整理しないまま、申立人ら親族に何も告げないで、○○県に出奔してしまった。そこで、申立人は昭和51年頃債権者の請求をうけて相手方の○○○農業協同組合に対する債務の弁済をしてこれを整理した。その債務額は4,000万円前後であって、相手方所有の不動産を代物弁済して提供しても、完済に至らず、不足分については申立人が所有の不動産を売却して得た代金をもって返済に当てた。

相手方は、当時、○○○信用金庫からも借金をしていたが、その債務額196万円についても、申立人において昭和51年11月頃債務引受けをして返済した。相手方はその申立人に対する弁償としてやき鳥屋をやっている相手方の建物を引き渡した。

(3)  昭和49年はじめ頃、相手方は、申立人の土地上に3階建てのビルを建てたいといい出したが、申立人はこれを承諾しなかった。その頃、相手方は、子供が2人あるのに、当時の妻裕子と離婚したいといったが、これについても申立人は賛成しなかった。このようなことがあった直後の同年2月頃の夜、相手方は、申立人方に来て、申立人夫婦に対して、魔法瓶や醤油の瓶を投げつけ、入口のガラス戸を割るなどの狼藉を働いた。その直後にも、相手方は、石油の入ったポリタンクを持って申立人宅に行き、玄関に石油をまいてこれに火をつけるといって申立人らをおどした。それで、かけつけた申立人の三女の夫小島明彦らがあばれている相手方を押えつけるなどしてその場をおさめた。このようなことがあったため、申立人は近くに住む次男の家に通ずる防犯ベルを設置して相手方の暴力に対処し、また、半月くらい、申立人らは、親族が経営する○○の○○旅館に退避した。その頃、相手方は妻裕子に離婚を迫って鉄パイプを振りかざして追いまわしたため、身の危険を感じた裕子は、子供とともに、親族宅に逃げ込み、約2ヶ月間世話になったこともあった。

(4)  相手方は昭和50年に○○県に移った後にも○○税務署から納付命令をうけた昭和51年度の国税8,453,512円と同年度の○○市の市民税1,377,600円を支払わなかったため、昭和56年6月頃、申立人が代納した。この件につき、相手方は担保として自宅の土地、建物を申立人に提供し、昭和56年6月から、毎月5万円ずつ返済する旨約したが、今日まで全く返済していない。

(5)  相手方は、申立人所有の土地を自己のものにしようと企て、氏名不詳の者と共謀のうえ、同人とともに昭和59年5月15日午前9時から10時頃までの間に○○○市役所に赴き、同人が申立人であると称し、相手方が申立人本人であることの保証をして、紛失を理由とする印鑑登録の廃止を行ったうえ、新しく偽造の申立人の印鑑の登録をして、その印鑑登録証明書6通の交付をうけ、これを持って同目午前11時頃、○○○市△△△町×丁目××番×号の司法書士○○○○方に赴き、申立人所有の別紙物件目録記載の土地4筆につき、申立人から相手方に対する昭和59年5月15日付贈与予約を登記原因とする所有権移転請求権の仮登記手続きを委任し、右委任をうけた上記○○○○は、相手方から登記免許税334,200円と手数料を受取った翌16日、○○法務局○○○支局に上記の登記申請をなし、同日付受付をもって上記各土地につき、所有権移転請求権仮登記を得た。

この件については、同月18日頃申立人が○○○市役所からの改印の通知をうけて、上記の事実を知るところとなり、同年6月1日頃相手方を被告として上記仮登記の抹消を求める訴えを○○地方裁判所○○○支部に提起し、1審、2審、3審とも申立人の勝訴をもって昭和62年7月17日終局した。なお、上記各土地4筆の登記申請時の価格は登記申請に記載の課税価格でも合計で55,702,000円の高額なものである。

2  イ 相手方は、上記(2)の点に関し、○○○農業協同組合に対する債務については、自己所有の不動産を代物弁済として提供することで完済できており、申立人に負担はかけていないという。しかし、申立人の○○地方裁判所○○○支部昭和○○年(ワ)第○○○号事件の第5回口頭弁論調書記載の本人尋問の結果、野沢明人の昭和63年1月29日付報告書、小島明彦の昭和63年2月1日付報告書、証人金沢志郎の当審判廷における証言によって上記のように認定するに十分であるから、相手方の主張は採用しない。

ロ 相手方は、上記(3)の点に関し、申立人方で狼藉を働いたり、石油をまいて火をつけるといっておどしたり、妻裕子を追い回したことはないというが、この点も、上記2イ掲記の各証拠によってこれを認めるに十分であって、相手方の主張は、措信できない。

ハ 相手方は、上記(5)の点に関し、その土地は、以前から申立人が贈与するといっていたものであり、同日申立人と一緒に○○○市役所へ行って改印届をして印鑑登録証明書の交付をうけ、○○司法書士の事務所へも一緒に行って登記手続きを委任したものであるというが、この点に関しては上記のように、民事裁判において相手方は敗訴の判決が確定しているのであり、本件一件記録に徴しても、上記のように認定するのに十分であって、相手方の主張は措信できない。

3  上記2において認定した、(3)の事実中、申立人に対するものは、民法892条にいう「被相続人に対して虐待をした」ものということができる。同事実中、妻裕子に対するものと、(2)、(4)の借財の返済と税金の支払を申立人にさせた点は、同条にいう著しい非行があった場合に該当するとみることができる。そして、同(5)の事実は被相続人である申立人に対する犯罪行為に該当するものであり、これも著しい非行に当るとみることができる。

相手方は、(5)の点に関して、第三者をして相手方が主張するように申立人を自動車に乗せて○○○市役所と司法書士事務所まで連れて行ったと虚偽の証言をさせるなどして民事裁判で争い、上告審の判決で敗訴が確定したのちにおいても、申立人の関与を主張して、司法書士に対する委任状に顕出している申立人の氏名が本人の筆跡である証拠だとして、虚偽の書面を提出するなど(上記委任状の申立人の氏名の筆跡と本件申立を弁護士に委任する旨の訴訟委任状、並びに○○○警察署に対する告訴状に記載されている申立人の氏名の筆跡とを比較すれば、その異同は一見して明白である。)、相続的協同関係を破壊しておきながら、今なお反省、悔悟の情は皆無である。

以上のような点を考えると、相手方は申立人の推定相続人から廃除するのが相当である。

よって、本件申立は理由があるから、主文のとおり審判する。

(家事審判官 豊吉彬)

別紙物件目録〈省略〉

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